2009年11月14日

長らくお世話になりました。

マイケル・ジャクソンの最期のコンサート“THIS IS IT”のリハーサル映像をもとに構成された映画《THIS IS IT》を観てきました。ここではその内容に深くは触れないけど、本当に感動して途中で何度も泣きそうになりながら観ました。

マイケルはほんとにほんとにカッコよかった。なぜだか観ていてすごく勇気がわきました。完成したコンサートをせめて映像でもいいから観たかったなー。でももう彼はいなくなってしまったんですよね。レスリといいマイケルといい、どんなに人々に感動と力を与える存在であったとしても、この世からいなくなってしまったら、時間はそこで止まってしまう。やっぱり生きていなくちゃ!まさしく幻となってしまったマイケルの姿を観ながら、「やっぱり自分の好きな人にはずっと生きていて欲しい」と思いました。

マイケルをあそこまで薬漬けの日々へと追いつめてしまったものは何だったのだろう?
マイケルと誕生日が同じ霆鋒のことを想いました。霆鋒には一時期、破滅へと向かっているとしか私には思えない、そんな時がありました。霆鋒が二度とファンの前に現れなかったらどうしようと思ったこともありました。

だけど霆鋒は戻ってきた。その影にセシの存在がありました。若い頃から睡眠薬がないと眠れないと言っていた霆鋒が、セシと一緒にいるようになってからは薬に頼らなくても眠れるようになったと聞いて、私は心底「よかったなぁ」と思いました。今、霆鋒を支えているのは間違いなくセシとルーカスとこれから生まれてくる二人目のベビーの存在。はかなく消えてしまうかと一度は思った霆鋒が、また戻ってきて仕事を頑張っているのはセシのおかげと本気で私は思っています。

でも霆鋒ファンの中でそんなことを思っている私は少数派なのか。今でもセシの存在に納得のいかない人は多いようで。セシのせいで霆鋒のオーラがなくなったと思っている人もいるようで。でももし霆鋒が芸能界(いやこの世かもしれないが)に希望を見出せず姿を消してしまったら、オーラもへったくれもないと思うんだけど。

好きな人には生きていてほしい。ずっと元気でいてほしい。たとえ頭が薄くなろうと、中年太りしようと。それにマイケルを観ていて思ったけど、確かに映像の中のマイケルはカッコよく歌って踊っていたけど、でも人に感動を与えるのはただきれいな見た目や声じゃなく、その人の存在そのものなのだとも思いました。もともと霆鋒がどんな髪型だろうと痩せようと太ろうとあんまり私は気にならなかったし、今後彼がどんどんオッサン化したとしても、霆鋒の魅力は私にとっては変わらないと思います。

世の中の「天才」と言われるアーティストの中には、生活感を全く感じさせず、あくまでも孤独にストイックに壮絶に人生を駆け抜けて行ってしまう人もいるだろうけど、霆鋒にそれを求めるのは違うってことなのでは?
まあマイケルを観ながら、そんなことも考えたりしていたのでした。

※突然ですが「宝箱のカギ」は一度終わりにします。既にほとんど更新していない状態ではありましたが。別のところで違うブログを始めかけている状態なので、そちらについてはまたお知らせさせていただこうとは思っています。だからこれは「休止の予告」って感じ(^^;)
posted by meiry at 12:41| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記・雑文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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